5月9日 土曜日 小雨 17℃

服を好きになり40年。

きっかけはあって、しかし買い物するにも情報が足りなかった。

失敗もあったしテキトーに売られた事もある。

中学生のバイトといえば新聞配達くらいしかなく夕方4時から4時50分には終わらせて夕方の番組に間に合うようにマッハでチャリをこいで帰る。

毎月8,000円の給金から服とレコードを同時に買うのはなかなか難しく、しかし毎月たまらなく楽しみでもあった。

なので5,000円の買い物は失敗は許されずしかし大人に勧められて臆病な子供が断る事も出来ずに購入した蒼い思い出もあるけれど、それがベースになっているのは間違いない。

16歳の時、自宅から少し離れたお店にチャリで行きそこで見たゾウの大群が押し寄せる様な迫力あるアフリカンなイラストの総柄シャツが衝撃的で一発で気に入り、それをレジに持って行った時はそのお店の店長と思しき方が「コレ選ぶの!?」ともの凄く喜んでくれた。

そのシャツを着てまた買い物に行ったらまた喜んで貰えてそれがなんだか嬉しくて、その後何かの拍子で服屋に勤める事になり販売する立場になってその方の気持ちがわかる様になった。

これもベースになっている。


凄い怖い店長がいるお店で買い物をした事もある。

そこは常にスタッフが怯えており、少しのミスにもお客さんの前で強めに指摘しするので対応して下さった方から平謝りされた事もある。

あのお店の人たち楽しくなかったろうな、、、、



10代の頃は将来の不安もない代わりに特に目標もなくただ生きていただけの生活に、やり甲斐を見つけたのが服屋家業。

目標を持てない人の気持ちが痛いほど分かるし、自分でもどうして良いのかも分からない。

それを努力が足りないとか夢がないとかつまらない人間などと笑う人がいるけれど、世の中にはそうなれない性分の者はいる。

怠けているつもりはないけれど、平均的な事や普通を求められてつい周りと比べてしまい劣等感を感じ自信を無くし、そのうち気力が無くしてしまう。



10代の頃、気が合う友人はいたけれど服が好きな友達はいなかったし音楽の趣味は違っていた。

だから誰とも好きなものを共有する事なく常に一人で楽しんで来たけれど、その代わり誰に強制されるわけでもなく“ふつう”を押し付けられる事もなく自然と音楽と服が好きだったおかげで人生に目標を持てる人間になれた。

そして今はあれだけ嫌いだった歴史や古典に興味を示している。

なんなら科学にも興味が出始めている。



だから僕は服の楽しさを強制する事なく、しかし興味を示してくれりそれでもどうして良いか分からない人達にはそれを伝える様に心がけている。

誰かの人生をか変えようとか影響を与える人間になりたいなどとそんな馬鹿な考えをした事はないけれど、それでも楽しさを伝えた事で何かが変わるのだとしたら、この仕事をしていて副産物的にこの上ない喜びである。





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